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2007年4月

2007年4月30日 (月)

ご~~るでんうぃ~く

つい先日、新入社員が入ったと思っていたら
あっという間にゴールデンウィークが
やってきました。

今年は一番長い方々で
4/28(土)~5/6(日)までという
9連休があるんですね。

小布施と文化事業部は
その間、おもてなしでがんばります。

さて、天気の良かった今日も
界隈はにぎやかでした。

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メタセコイアのふもと
傘風楼のテラスに人が集まっている
にぎやかさがけっこう好きです。

先日、傘風舎や前の傘風楼を設計された
宮本忠長先生がいらしたときに
お話をしていたら・・・

この笹庭の造形は
傘風舎の建設時にでた土砂をつんでおいた
ほとんどそのままだと言うこと。
バシッと計画されてものでない
そんな緩やかさが心地いいのかもしれません。

こころなしか、家族で食事をしていた
小さな男の子も楽しげでした。

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2007年4月26日 (木)

歌劇「フィガロの結婚」

”ああ スザンナ!何故ぼくを苦しめるのですか?”

5月5日(祝)・6日に「土の会」発足25周年記念企画として
オペラ公演「フィガロの結婚」を長野県民文化会館にて上演されます。

しかも!5日はわれらがジョーさんがフィガロ役として出演されます!
当日はセーラを初めとする文化事業部のスタッフみんなで応援に
行く予定です。是非みなさんもご参加ください。

ゴールデンウィーク中の昼下がりみんなで感性を磨きませんか?
詳細はパンフレットをご覧ください。

Figaro2007f

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2007年4月25日 (水)

見渡す限り

毎年春の通勤のお楽しみ。
千曲川土手がこの時期見渡す限りピンクに染まります。
桃の花のピンクと菜の花のきいろ。
晴れていれば雪をいただいた北信五岳が見えるのですが。
Img_8395_7
ポツリ、ポツリと降り出した雨をちょっと悔やんでいたら、
ラジオから春の雨の呼び方について聞こえてきた。
「穀雨」
「春時雨」
「なたね梅雨」
こうして聞いてみると、春の雨は植物にとって
うれしい雨なのだと思われて
ちょっと気持ちが変わりました。

[bunji sakai]

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2007年4月24日 (火)

アースデー

アースデーというものがあるようです。
ぼくもはじめて知りましたが
地球温暖化や大気汚染などの問題に対して
取組む日のようです。

公式ホームページには
以前、小布施ッションにこられた
C.W.ニコルさんも
ビデオレターを出されていました。

その4/22、ニューヨークでは
ブルームバーグ市長が
マンハッタンの通行料計画を
発表したとのこと。

環境と町づくりの両面から
車の使用を控える町や人が
増えるといいなと思います。

小布施でもイベントで道路を
開放する日が何日もありますが
小布施見にマラソンもそうです。
もう少し自由に「道路」ではなく、
「街路」を使えるようにしてほしい
と思います。
[bunji minami]

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2007年4月23日 (月)

KICHIJOJI STYLE

小布施ッションに来られた三浦展さん
新しい本を出されたということで
一冊送っていただきました。

三浦展さんが19年間住んでいる町は
どんな魅力にあふれているのでしょうか?
だれしも、長く住んだ愛着のある町であれば
自分なりにそんなことをやりたくなるのでは
ないでしょうか?

気になったところを少しだけ・・・
01保安感
道路(road)は都市と都市とを結ぶものであり、主に自動車のための道である。街路(street)は町の中にある道で、両側に建物が立ち並んでいる道である。

16お客ディスプレイ
人気の店には行列ができる。またカフェの外にあるテーブルやイスに座るお客もはみ出しディスプレイの一部である。並んだり座ったりするだけでも、街づくりへ参加していることになるのである。

23抜け道
超高級ホテル、たとえばリッツ・カールトンは、家庭に帰ったような雰囲気が最高のサービスであるというポリシーを貫いている。入り口にホールは狭くて小さく、ホテル内の廊下は路地のような構成である。建物内通路の両脇には店のインテリアが見えて街路のようである。

30居間
居場所とは英語だとプレイスである。アメリカではプレイスメーキングとうい都市理論があるが、これはまさに「居場所づくり」であり、スペース(空間)の開発ではない。スペースはあるがプレイスがない街は、つまらない街である。

31どこカフェ
カフェは第三の居場所のなかでもとりわけ街づくりに重要である。カフェは街歩きの休憩スポットである。文化の意識が生まれる場所である。コーヒーやお茶のサービスがあると空間が居場所に変わる。茶の湯のホスピタリティが居場所には必要だ。

吉祥寺というと東京の中でも
若い人たちの集まるいい町のような
気がしていますが
恥ずかしいかな・・・
まだ訪れたことがありません。

小布施に来る前は、小布施のことも
ほとんど知りませんでしたし、
世間の人気はあまりぼく自身の観点とは
重ならないのかもしれません。
[bunji minami]

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2007年4月22日 (日)

阿弥陀堂だより

阿弥陀堂だよりという映画がある。
映画の舞台となったのは飯山市。
少し足を伸ばして、菜の花と阿弥陀堂を訪れました。

長野の菜の花は、一般的な油菜ではなく、
野沢菜の花ということで、葉っぱの茂り方が違う。
まだ桜でいえば3分咲き程度でしたが
きれいな黄色と素朴さがいい感じです。



阿弥陀堂は福島という棚田が連なる地区の
上のほうにありました。
棚田の石積みを眺めながら上っていくと
春といっても、
まだ冬が終わっただけの茶色い景色の中に
本当に昔々からそこにあったかのように
たたずんでいました。



こんな場所で暮らすのは大変だろうなと
いらぬ心配をしてしまうのですが、
毎朝の目覚めのとともに
生命の力や、季節の移り変わり、空の色や土の匂い、
そんなものを感じることのできる
生活はとても健康的だと思います。

こんな場所で活かされた生きる力が
閉塞感の充満した現代社会を変革するエネルギーへと
転化されるに違いないなどと
勝手に創造するのです。



[bunji minami]

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2007年4月21日 (土)

サクラという花


桜の好きな人はたくさんいる。
桜の花を見るのが好きなのか、
桜の花見が好きなのか、
春の暖かい陽気の中で外に行くのが好きなのか、
理由は様々だけれども
桜は愛される。

ぼくの小学校の校庭にも桜が植わっていた。
当時はピンクの花よりも
落ちてくる毛虫のほうが印象に残っているし、
子どもの頃、ぼくにとって春といえば
桜ではなく、ツクシだった。
土の中からニョキニョキッと
突き出てくる様はなんともおかしい。



城跡、河川敷など特にソメイヨシノと呼ばれる
種類に限ってみると、そんな昔に
植えられたものでないことが多い。

山田温泉から下りてくる途中、
高山村の桜をチラチラと眺めて、
七曲がりの少し上のほうにある
芋井の辺りで樹齢1,200年といわれる
神代桜を見てきた。



標高が高いのでまだつぼみが多かった。
先日、多分新聞だったと思うのだが
桜は満開だけがよいのではなく、
月も満月だけがよいのではない、
それ以外の時にも味わい深いものがある
というような漢詩が載っていた。

そんな古ぼけた桜のまわりには
お墓があり、神社があり、地蔵さんがあったり
大切なものが一緒にある。
そんな咲いてもいない桜を見ながら
食べた本店の春菜寿司もおいしゅうございました。

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2007年4月20日 (金)

千曲川を越えて善光寺

残念ながら、牛に引かれてではありませんが
小布施からは千曲川を渡って善光寺へ

しばらくの間、善光寺界隈に住んでいます。
最近は、ランニングコースとして
境内を横切ったりしますが、
休日の午後に、観光に訪れるのは久しぶりです。



しばらく前に、茂木健一郎さんが
戒壇めぐりの経験について
ブログに書いていました。

今に生きる私たちにとって
本当に真っ暗という状況は
これまで経験したことがないもの。
しかし、階段を下りながら足を踏み入れていくと
本当に何も見えない暗がりに。

これで3度目の体験でしたが
それでも、本当に真っ暗であることに
改めて新鮮さを感じます。
目に見える能力は、身体能力にしろ
頭脳にしろ、明らかに現代人のほうが
進化していますが、

昔の人達は、こんな暗がりの中でも
人の気配を感じたり、
見えないものに敬意をあらわしたり、
そんな能力の面では長けていたのでは。
などと、便利になった生活を
いつものように反省してみるのです。

戒壇の奥で触れる鍵は予想外のカタチでした。




その後で見た、ぬれ仏[延命地蔵]は
空の色とあいまって
余計にありがたいものに見えてきました

[bunji minami

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小布施の周りを

先週末、福井から家族が小布施を訪れました。
一緒に小布施を案内しながらまわってみると
いろいろと気づくことがあるものです。

もうすぐ3歳になる子供を
ファインダー越しに追いかけると
その生態が明らかに・・・



普段は見過ごされている
本宅玄関前の狸の置物
これも、子供のときはいろいろな家で
見かけた気がしますが、
最近めっきり見なくなりました。

小布施橋に向かうと桜と菜の花が
咲いているはず。
まだまだ満開までは、しばらくかかりそうですが
黄色い菜の花畑に、青い空のコントラストが
気持ちよい場所です。



玄照寺では、4/14-15と
アート in 苗市が開催されていました。
境内いっぱいに創作活動をおこなう
人達が集まったさまは
昔の門前町もこんな風?
と想像を膨らますのにに十分でした。



いつも、仕事をしながら見ているだけでは
気づかないものも多いもの。
物を見るときの心のありようによって
こんなにも気づくことがあるのかと思いました。
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2007年4月13日 (金)

花見るひとたち

平日にお休みを取っているbunji matsukiです。
昨日は桜満開の高遠に連れて行ってもらいました。070412_172801_2 
平日でもたくさんの人が出ていましたが、駐車スペースも誘導員も充実、スイスイで桜に近づくことができました。(小布施見にマラソン駐車場問題が少し脳裏を横切る。おぉ。)

せっかくだものと持参した小布施堂本店の「春菜すし」を広げて城址公園で食べていると、我々日本人は桜が咲く頃になると頭の中に”ハナミ!”ランプが点灯する民族なんだなとつくづく思いました。
確かに、カップル→子連れ若夫婦→老夫婦と見ていると、これからこうなって、それでああなってと人生のサイクルサンプルを見ているようで。
ずっとこうして毎年毎年、増えたり減ったりしていく家族や大事な人たちと花の下に座っていたいと思われて。

どうかミナサン晴れやかな人生を!

(bunji  matsuki)

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2007年4月11日 (水)

スイセンとモクレン

スイセンとモクレンの話

何もたいしたことがあるわけでは
ありませんが・・・
先日、セーラさんの家に行くと
庭の中ほどに
黄色いスイセンが咲いていました。

ぼくの生まれた場所では
スイセンは海岸の斜面に
冬に咲く花です。

それが春真っ盛りという
陽気の中、庭の真ん中に
ちょぼちょぼと咲いています。



少し寂しげのような気もしましたが
よく見るスイセンとは違う
花びらが幾重にも重なった
奥ゆかしい顔をしています。

今日はもう、ほとんどのモクレンは
大きく開いて散り始めていますが
ぼくはこのモクレンの膨らみ始めた
つぼみになんともいえない美を感じます。
写真を撮るようになって
小布施には花がたくさんあることを
知ったのも数年前です。

春になると
梅も桜もそうですが
このモクレンの白い花を
待ち遠しく思っています。



本当にすきなのはつぼみが膨らんで
大きく開くまでの一瞬。
パッと開いてパッと散っていく様は
桜以上に潔いなどと思うのです。

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栗の小径のしだれ桜

栗の小径の脇
屋敷神さまの社の裏手に
枝垂桜が一本あります。

今日見ると枝にピンクの大粒がいくつも。
もうすぐ咲きそうに感じます。

これまで、桜のつぼみなど
あまり良く見てこなかったものですから
小さなふくらみが大きくなっていくにつれて
色も一緒に移り変わっていく様を
新鮮な気持ちで眺めています。

あらためて“色”というものは
すごいものだと感じています。
桜の枝に濃いピンクのつぶが
増えはじめると
ここが笹庭の中心になっていくよう。



濃いピンクの塊がはじけて
薄いピンクになっていくと
人の目をひきつける力は
少し弱まって
周りに広がっていくような
そんな雰囲気を感じます。

そうこうしているうちに
真っ青に色づいた
笹が全体で主張し始めるのです。

おれはここ

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ネコを撮る

最近すごく天気がいい。
今日はセーラさんの家のスイセンを
撮るようにスイセンされたので

撮影したあと帰ってくると
笹庭のところで
タキシードが日向ぼっこをしている様子。

まあ、今日だけではありませんが
栗菓子工場傘風舎の前で
日向ぼっこをしている様子は
なんとも愛らしいものです。


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Ku5q9976

そういえば先日、写真家の岩合光昭さんが
『ネコを撮る』という本を朝日新書で出されていました。

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2007年4月 8日 (日)

奇跡と呼ばれる場所

きょう一冊の本を読みはじめました。
まだ、読み終わっていませんが
なんとなくいい気分になったので
さっそく少し書いてみます。


『奇跡と呼ばれた学校-国公立大合格者30倍のひみつ』
京都市立堀川高校の話。
そんなんあったらなあと思う。

やっぱり、世のなかそんなに複雑じゃない。
できないと思う人たちしか集まらないから
できないのであって、
できると思う人たちがいれば、何でもできる。

三つの約束
学校は学びの場だ。
自分に足りないものがあるから学ぶ。
君たちは学ぶものとしての謙虚さをもて。
学校は君たちに多様な学ぶ機会を提供しよう。

学校は小さな社会だ。
君たちは自覚と責任をもて。
学校は君たちを大きな子どもではなく
小さな大人として尊重しよう。

学校は楽しいところだ。
しかし楽しさは待っていて与えられるものではない。
君たち自身が参画し、参加する意思と姿勢をもて。
学校は君たちを見張るのではなく見守ろう。

bunji風にアレンジしてみました。

bunjiは学びの場だ。
自分に足りないものがあるから学ぶ。
君たちは学ぶ者としての謙虚さをもて。
bunjiは君たちに多様な学ぶ機会を提供しよう。

会社は小さな社会だ。
君たちは自覚と責任をもて。
bunjiは君たちを分別のある大人ではなく
子どもの心を忘れない人間として尊重しよう。

bunjiは楽しいところだ。
しかし楽しい仕事は待っていて与えられるものではない。
君たち自身が参画し、参加する意思と姿勢をもて。
bunjiは君たちを見張るのではなく見守ろう。

[bunji minami]

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2007年4月 6日 (金)

小布施ッション69 川村龍洲

4月4日の小布施ッションには
長野市に住んでおられる「書家」
川村龍洲さんをお迎えしました。

「書家」というとなにか
芸術家のようなイメージを持って
しまいますが、お話の冒頭で
古今亭志ん生さんの
エピソードをお話されながら
“芸”はするけれども“術”なんて
ひきょうなものは使わない。
なんてことを言われました。

日頃からよく目にする
小布施のあちこちにある文字や
佐久長聖高校の文字なども
龍洲さんによるのだと知ると
なんだか、親近感が沸いてきます。


お話の中ではなによりも
「日本語を使ってほしい」
というお気持ちを頂いたような気がします。

■和食のレシピが世界中で一番多い。
若かりし頃に、京都でイギリス人とインド人と
ナイフやフォークがいいのか?
それとも箸が上品なのか?
なれない英語で議論し、
いやいや、切ったり指したりするナイフ・フォークよりも
つまむ箸のほうが上品だと打ち解けたそうです。

しかしとどめは、素手で食べるのが
一番美味しいのだとインドのご婦人の
ご意見にうなずいたとのこと。
口や舌だけでなく、指先でも味わう。
「だからおにぎりはうまい!」


■書はすべて原寸で書く
ということを大原則にされていること。
特に、小布施の鴻山記念館にある
20mほどの大きな幟も
巨大な筆を抱えて、原寸でとのこと。
経験から知ったのは
自分背丈以上の大きな線を
一度に引くことはできないということでした。

そんな体験を通してはるか昔の
鴻山に思いをはせる。

■20代~40代にかけての30年は
なにより技術の習得に励む期間。
その大きなベースがないと
最後の大きな仕事ができない。

といっておられました。
ウェブアルバム

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2007年4月 3日 (火)

味噌を仕込む

先日善光寺近くの味噌屋さんで味噌仕込みを体験しました。
実は去年に続き、2度目の参加。
蒸した県産大豆と麹を同量、あとは塩と酵母入りの水のみ。

麹の割合は通常大豆10に対し、6から7の割合とのことですが、
今回は大豆と麹が1:1というかなり贅沢な配合だそう。
大豆、麹それぞれつまませていただいたら、それだけでも
甘みがあっておいしかったです。

それぞれ計量し、大豆はホカホカのうちにビニールに入れて
足で程よくつぶして、機械でさらにつぶします。
そしてすべての材料をおいしくなるように念じながら手でよくよく混ぜる。
最後に桶に入れて15kの自家製味噌の完成!
正確に言うと本当の完成は季節をまたいだ10月中頃。

やってみて人の手が関われるのは意外と少しだということ。
ほとんどは時間と自然の発酵の力がおいしいものをつくるのだな、と・・・

去年の味噌と今年の味噌の色を比べてびっくり。
別物のように熟成した深みのある色と香りがするのです。
自分で仕込んだ味噌のお味噌汁はまた格別でした。

[bunji sakai]

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